われらアグリ応援団 第22回「深い愛情」

2022.10.17

持続可能な組織へ

 

 「世界のニナガワ」と呼ばれる演出家、亡き蜷川幸雄さんは吉田鋼太郎さんや藤原竜也さん、小栗旬さんをはじめ多くの俳優を育て上げた。その指導は、厳しいなんてものじゃなかった。かつて公演前の蜷川さんにお会いしたとき、暗い観客席から舞台の俳優の動きをじっと見つめる厳しい視線と、気迫に満ちた声に気押されたものだ。傍らで見ているだけでも、震え上がるほどだった。
 このエピソードを持ち出して、「部下に厳しくしろ」と言っているわけではない。プロとしての誇りと技もなく、深い愛情を伝えることもできない者は、決してこの真似をしてはいけないということを言っているのである。
 蜷川さんに、富山市出身だった父母の記憶を尋ねたことがある。幼いころに市内の川(おそらく熊野川)で泳いだ思い出や、かまぼこや鱒ずしを取り寄せておいしく食べたことなどを懐かしそうに振り返り、父母の故郷でシェイクスピアを上演できるのは本当にうれしいと語ってくれた。「父や母にも分かる芝居を志してきた」と話す言葉はとても優しかった。
 ああ、この人は演技には厳しいが、愛情に満ちた人なのだ。多くの俳優たちが師と仰ぎ続けているのも分かる気がすると、その時すっと腑に落ちた。
 農業をしている人なら分かると思うが、人に認められるほどの何かを育てるときは卓越した技術が欠かせない。そしてそこには、愛情がこもっていなければならない。
 人や組織を育てるのも同じだ。
 この連載は「われらアグリ応援団」だが、今回は農業に限定せずにお話したい。
 最近、パワハラの報道が後を絶たず、残念な思いをしている人も多いのではないか。カリスマ経営者の故・稲盛和夫さんが、上に立つと権力を振りかざす人がなんと多いことかと憂慮し、「勘違いしてはいけない」と戒めていたことを思い出す。
 パワハラの害を振りまくのは、トップに近い者だけではない。同僚や後輩を威圧する者もいる。原因の一つが「怒り」とするならば、その奥には不安やあせりなどの感情があり、それがどこから湧いてくるのか自分自身の内面に向き合うことのできない人間が、ほかのだれかに当たるようになるという。
 ちなみに、パワハラを行う部下の愚行を幹部が止められないという状況は、舟橋村役場の専売特許ではない。そのような話はよく聞く。 問題が起きたときに幹部が有効な手を打たないのは、根拠のない楽観に寄りかかり「何とかなるだろう」と逃げてしまうからだ。しんどいのも分かるが、管理職という名のプロを自負するのなら、起きていることを直視して手を打ってもらいたい。
 「持続可能な組織」をつくり上げるには、こうした問題が、どこでも、だれにでも起こりうると認識することが、第一歩になると思っている。

 

▲富山市南部の稲刈り風景。蜷川さんの父母も、ここからさほど遠くない場所で暮らしていたという

 

 

〇執筆者

本田光信(ほんだ・みつのぶ) 1966年生まれ。平成の幕開けとともに一般紙記者になり、報道・編集の現場で仕事をしてきた。デスクなどを務めて退職し、フリーとして活動。2021年から日本農業新聞富山通信部ライター。著書や共同執筆による出版多数。「文藝春秋」、日本新聞協会「新聞研究」などに執筆歴あり。