われらアグリ応援団 第26回「ご飯の給食」

2023.01.16

お米文化と健康支える

 

 暮れに立山町長が、学校給食で提供していた「小麦パン」を「米粉パンやご飯」に切り替えたと議会に報告し、反響を呼んだ。

 世界的に小麦が足りなくなっている時に、無理やり小麦を輸入しようとしたら高騰を招いてしまう。途上国の食糧危機に加担するようなものではないか。

 ならば、お米をもっと食べればよい。

 そのような思いから決断したようだ。

 世の中には小麦を扱う人もいるし、受け止め方はさまざまだろうが、米どころの首長であればこそ、消費が落ち込むお米を何とかしたいという気持ちがあったはずだ。

 この話を記事にしようと取材していて、もう一つの事実に気づいた。

 今の給食はそもそも、ご飯の提供回数が多いのである。

 県内の小中学校では、週に5回ある給食のうち平均4回、つまり8割がご飯になっている。立山町はお米の提供をさらに〝深掘り〟したかたちだ。入善町にいたっては、すでにご飯が100%で、しかも地元の「富富富」の炊きたてを食べているという。

 昭和40年代後半、私が通った学校は、ほとんどがコッペパンか食パン、もしくはやわらかい麺類で、ご飯は途中からメニューに加わった。それを思えば隔世の感がある。

「いやあ、驚きました。毎日ご飯とは、うらやましい限りですなあ」

 うちの長男と同じ年ごろの県庁職員にこのことを話すと、

「えっ? 逆にパンばかりだったという話に驚きます。僕らのころには、ご飯が中心でしたよ」という返事。

 私の目はふし穴だった。

 富山の子どもたちは学びの場で、お米を食べ続けてきたのである。

ほかにも田植えやバケツ稲の収穫などいろんな学びの機会がある。

日本人の生活習慣は大きく変わったが、ふだん意識されないこうした地道な取り組みが、お米の文化と子どもたちの健康を支えている。

 

▲富山米「富富富」のご飯を食べる子どもたち(2021朝日町)

 

▲田植えで「ころがし」の作業に見入る子どもたち(2022富山市)

 

▲収穫したバケツ稲を天日干しする子どもたち(2022射水市)

 

▲富山米「コシヒカリ」の収穫作業(2022南砺市)

 

 

〇執筆者

本田光信(ほんだ・みつのぶ) 1966年生まれ。平成の幕開けとともに一般紙記者になり、報道・編集の現場で仕事をしてきた。デスクなどを務めて退職し、フリーとして活動。2021年から日本農業新聞富山通信部ライター。著書や共同執筆による出版多数。「文藝春秋」、日本新聞協会「新聞研究」などに執筆歴あり。